川上村の歴史 川上村の自己紹介へ戻る
2千有余年の歴史ある村
哀しくもロマンあふれる南北朝時代
新しい時代の先駆者として
川上村内指定文化財一覧表
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2千有余年の歴史ある村
 川上村の歴史は、出土した遺物によると縄文時代までさかのぼることができます。古事記、日本書紀には神武天皇の井光や雄略天皇の蜻蛉野(あきつの)にかかわる地名伝承もあります。万葉の時代には天皇行幸や歌人が訪れるなど、古くから景勝の地として知られていました。

 木地師(きじし)の祖である惟高(これたか)親王は、貞観九(867)年に高原地区に入り、木地の製法を教えたといわれています。福源寺には、応徳二(1085)年の木造薬師如来坐像があり、井戸地区には承安三(1173)年に造られた木造の薬師如来像もあることから、すでに平安時代後期には、高原や井戸地区には集落が形成されていたと思われます。

 また、川上村には、源義経伝説を物語る太刀屋や鎧崖といった地名もあり、中でも白屋地区には、今まで白谷と称していた地名を義経が八幡神社に矢を奉納したことから白矢と改めたという言い伝えが残されています。さらに、天武天皇四(675)年に創祀されたと伝えられる丹生川上神社上社や十二社神社、牛頭天王神社、三之公神社、天神社など謂れある神社がいくつも散在しています。また、東川の運川寺には、正平十四(1359)年に書き写された大般若経六百巻も所蔵されており、川上村の深い歴史の片鱗を知ることができます。

 早くから温泉地として開けた入之波(しおのは)温泉は、元禄七(1694)年に、「御夢想塩湯」という版木を使って宣伝していました。村人の娯楽としては、人形浄瑠璃や歌舞伎などの地芝居が盛んになり、井光地区には、当時地芝居に使った衣装が数多く残っています。

木造薬師如来坐像(福源寺)

木造薬師如来坐像(玉峰寺)
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